後世に語り継がれるための記念館です。

 鈴木鎮一記念館は、鈴木先生が1952年から1994年までお住まいになられたところで、才能教育運動の萌芽、発展、海外進出の大きな時代を迎え、過ごされた場所です。
 松本城と浅間温泉の中間に位置し、信州大学と旭町小学校が両隣にあって、生活、お仕事には格好の場所でした。
 日本風建物ですが、一部屋は比較的広い洋間があって、そこでレッスンや小さな室内コンサートが催されました。最近のような暖房のない冬は恐ろしく寒く、私は敷地に建てられた東屋で一晩過ごしたことがありましたが、凍え死ぬかと思われたほどでした。よくここで耐えておられたと感心します。
 しかし、その寒さとは裏腹に、理想と愛情に満ちたこの邸は生徒やその親、指導者、海外からのお客様、鈴木鎮一先生のお人柄、高貴な音楽を慕い求めて集まる人々で、常に満ち溢れる毎日となりました。
 鈴木鎮一先生は、先生の青春期にトルストイの思想に目覚め、エルマンの甘美なヴァイオリンの音に酔いしれて音楽の世界に入り、徳川義親侯爵の推めで渡欧し、ベルリンでクリングラー師の薫陶を受け、アインシュタインとの親交を深めるなどの常人ならざる半生を送られ、ベルリン生まれのヴァルトラウト夫人と結婚後、日本に戻って鈴木クヮルテットを結成。また、教育に専念し、数々の勝れたヴァイオリニストを世に送り出し、ここ松本に来てからは、もっぱら才能教育運動の拡大発展に貢献されました。
 「アッ、日本中の子どもが日本語を話している」というごく当たり前のことに跳び上がって驚き、「どの子も育つ 育て方ひとつ」という真実を掲げて教育運動に乗り出されました。現在はスズキ・メソードとして全世界に知られ、人類の未来に大きな光りと希望を与えております。国際スズキ協会ができ、46ヵ国、約40万人の子どもたちがスズキ・メソードで勉強しています。
 この邸は松本市が引き受け、松本から発信された教育大革命の祖、鈴木鎮一先生の功績を讃え、後世に遺すべく、記念館として開設されたものです。

2010年11月
才能教育研究会 芸術監督
豊田耕兒